2017年10月19日木曜日

Late autumn

さすがの暑がりのボクでも今日の寒さは骨身にしみます。

何気に入ったトイレにて、
普段は気にも留めない便座の温かさ、
その温かさに吐息が漏れまする。

(ぷぅ~)




蜜柑の香せり、冬がまた来る。




んで、今週の戦利品を。
またまた1950年代の電気スタンドを購入する。
ジェダイっぽいプレスガラスもレトロで好い。
アナログの灯りで呑むのがボク流だもの、この冬も。




超久しぶりの同級生と道でバッタリ。
道路を挟んだ向こう側、
ボクを見るなり両手を丸く広げたジェスチャーで
(ずいぶん太ったな)と笑ってた。

(ケッ!)

そーゆーオマエも、、、、
見た目はすっかりおジィちゃん。

2017年10月15日日曜日

Instinct

時々 雨が顔に。

新大久保の駐車場から歌舞伎町の最深部に向かって急ぎ足で。
ラブホテル街を抜け、
ネオン輝く不夜城、ホストクラブ密集地帯にその店はありまする。





♬ あたしが男になれたなら あたしは女を棄てないわ
  ネオンぐらしの 蝶々には やさしい言葉が し みたのよ (^^♪
  


この街のヤサグレ感に、どーーーっぷり浸って四川料理な夜。


喧噪どころか、 酔っぱらった若造集団の乱痴気に怒りマックス。
まぁしょーがない、そんな店だからね。
怒ったところでこっち3人、あっち20人、震える拳は下ろしましょう。(逃げ腰で)

味は良いのだから。



食った料理は8皿だけど、ここポーション多いんだよね。
毎度のことながらの食いすぎで、はちきれんばかりな胴回りに。

ごっそさん。

クルージングに。








今日一晩で、どんだけの男と女が抱き合うのだろうね、この街では。



2017年10月12日木曜日

N°5

TV制作会社からTELあり、
なんやらビートたけしがMCを務める医療バラエティらしいが、
「小野さんのイビキをかく場面を撮らしてほしい」と依頼が。
一夜のボクの寝姿を撮るとのこと。
思わず笑ってお断り。
「それに耐えられるビジュアル(ルックス)ではありませんから」と建前で。

そんなの無理だよね。
ボク、たいがい起床時には全裸になってるからね。
何を着て寝ても、なぜだか朝には真っ裸、、、



若いころからの癖だもの。










Tea ceremony

20年前、「茶道でも習うかな」と真剣に考えたことがあったけど、
聞いた話によるヒエラルキー構造がメンドくさそうだったから止めておいた。
最近、たまーに茶席の場があっても、なるべく息を殺して目立たぬようにしてるのね。
多少の知識はあっても自信がないからねぇ。


この頃、これに限らず口を吐くことに、
「(あの頃に)習っておけばよかった」って後悔よ。






20年ー15年前に個展であつらえた茶入なのね、(作・前田正博)
買ったはいいが、けっきょく使わないで箱の中。
たぶん、これから先も箱の中。
ボク、バーミックス茶道の家元だけど、(ヘヘヘ)
たまーに点てるのは普段使い用で、一張羅の茶碗や香合も、
たぶん、これから先も箱の中。

最近、骨董屋でもオークションでも出会いが無い。
なんでだろ、物欲が満たされないぞ。

2017年10月8日日曜日

Okachimachi

「開店時間に間に合うように」とぽん多本家へ急ぐ道すがら、
やっぱ「根津の鯛焼き」が気になって仕方がないボク。
けっきょく「吉池」と「上野松坂屋」の間の路上でマスクをずらし、
走りながら食っちゃいました。

たっ、たまんねぇです。


「ぽん多」一巡目セーフ!
ボクらが帰る45分後には、ドアの外には大行列が。

烏賊と分葱のヌタが突き出しで、
小柱がぎっちり詰まった小柱フライとラガーは秀逸な組み合わせ。
飯は豚の厚切りソテーと白色トンカツで、
夫婦でシェアして腹一杯。

水に晒さないキャベツと、
神々しいオール大倉陶苑のプレートはプライドの表れか?
やっぱ美味しいねぇ、、、ぽん多。







それにしてもアメ横界隈で視界に入る人間の毒気の強さよ。
脳裏に流れるは、中 孝介の歌う「サンサーラ」のサビ部分かな。






Nezugongen'ura

カミさんにお付き合いで根津方面に。
んで、権現さまにも莫大な金額のお賽銭をチャリ~ンと。
ここは手入れも良く行き届き、とても清々しい気分になりまする。

あの鯛焼きを大人買いして、これからの一週間はオーブンで焼き直し楽しめます。







赤鳥居のトンネルは彼らの「美の壺」らしく、
ここも外人さま多しです。

2017年10月6日金曜日

Y's for men

古雑誌でタイムトラベラー気分に。
とくに「ファッション」や「食」は時代を反映していて面白い。
ただし、社会派にはまーーーーーったく興味無しです。

1969年月4号「装苑」からファッションデザイナーの登竜門、
「装苑賞」受賞発表の頁です。
かの山本耀司氏が受賞したやつね。
25歳のヨージ ヤマモト氏の晴れ姿も。(ちなみに現在の氏

当時の「装苑賞」の賞金は、
貨幣価値が違うとはいえ、たったの10万円だったとは驚き。
まぁ「遠藤賞」とのダブル受賞で、
パリ往復チケットと10日間の滞在費も付いたらしいけど。



ボクらが着てたのは70年代の終わりの頃。
青山紀ノ国屋を背中に骨董通りを根津美術館方面に、
アンバーハウスを過ぎて左折れすぐにあった「Y's for men」で。
なけなしのお金を全部つぎ込んだ時代だったのね。

それもこれもモテるためだもの。

(ウハウハ、モンクベリーズで入れ食いよ!)